建築は大地に根を下ろしたもの 現代木造建築を考える。
家族がそこに暮らされ、住みつづけた遠い記憶。こころの風景がそこにある。
「耕す人」の家
耕す人の家に寄せて クライアント奥村俊二氏から(住宅建築誌に掲載抜粋)
岐阜県兼山は木曽川中流の緑の山と川に挟まれた町である。かつては城下町として栄え、川が物流や流通の手段であったころには、その拠点として大きな商家が壁を接し軒を連ね整然とした街並みを形成していたと思われる。
しかし、現在は昔ながらの古い家と新しい家とが混在している人口わずか2,000人余りの全国的にも小さな町である。
家をつくるにあたって、まず考えたことは時流に乗った上辺だけ美しく仕上げられた脆弱な住宅は欲しくないということ、もう一つはこの町の自然や風土、この町にかつて住んだ先祖たちが残した町並みに最もふさわしい家を建てたいということだった。
「建築は大地に根を下ろしたものですから、どのような条件の場所であっても、その場においてこそ唯一の解があると考えています」と島好常さんが「住宅建築」に寄せられた論文を読んで、住宅と合わせて家具の設計を依頼することにした。
住宅を設計するにあたって、島さんに一冊のノートを渡し、建主の住宅についての考え方を伝えた。その一つは「職人の手仕事による力強い骨太の構造の、健やかで生命力のある家であること」、もう一つは「木や土や石、それにガラスや紙などの建築素材をできるだけ加工せずに、それぞれの素材の持っている力とか美しさを率直に表した住宅作品を作って欲しい」ということだった。
設計図が出来上がった。側面から見ると将棋の駒のような形の箱が二つ少し、ずれて建ち、外壁が大地に垂直ではなく斜めにころんでいる。この住宅の形はかつて中国や韓国や沖縄などの東アジアのどこかにあったような住宅の最もプリミティブな形のように思われた。それはまた、新しくどこかなつかしい感じのする「昔からここにあったような気がする」家であった。
太い八角柱の木の大黒柱、梁、朝鮮張りの床、大きな壁面で構成された空間は力強く豊かで凛とした緊張感もある。剥き出しの構造材には棟梁の手業の跡が残り、大きな壁面の肌からは、左官屋さんの呼吸の跡の心地よいリズムが温かく伝わってくる。窓から差す陽の光や風は日々の移ろい、季節の変化を教えてくれる。今年の春、建物の周りには菜の花が一面に咲き、夜には食堂で食事をしながらヘール・ホップ彗星を北西の山の端の上に見ることができた。今後、この住宅をどのように成長させるかが住み手であるわたしのこれからの仕事である。
設計者から
静かな街に美しく懐かしいままに旧家の姿がありました。その佇まいは、当時の城下町を偲ばせます。クライアントの奥村さんを私たちがお訪ねしたのは、秋の日でした旧家の庭は、野趣あふれる野の花でいっぱいで、ほっとした静けさと光と風が心地よく感じられたのです。奥村さんは私たちに野の花を丁寧に教えてくださいました。休みごとに畑を耕され育てておられたのです。奥の窓に連なる山にススキがゆれて見えるのでした。土壁に吊るしたカラスウリ、壺に生けられた矢絣のススキ、麻にしみる藍、子供の巣立った、育った部屋が家族の歴史や今の暮らしを伝えます。
蔵の中の小窓から見える山並みの美しさは、はるかに広がっているのです。町並みが時代の流れの中でどのように変わっていくとしても、山々の悠然とした風景は、先人に何かを静かに語り続けてきたに違いないと思えたのです。
老朽化した蔵を取り壊し、新しい家を計画されました。旧家と新しい家は、この野を思わせる庭をはさみ一本の枕木の道で斜めに結ばれます。この庭を南面にして、大小の窓によってさまざまな方向に風景が展開していくのです。
設計者は愛情に包まれたご家族の旧家での暮らしやこの山並みの遥かな広がりから、木造民家の在り様をインスピレーションとして感じとれたのです。家族が住むという生活の力強さや温かさのある「あの、なつかしい」思いを包む木造架構を発想したのです。そうして力強く架構された柱、梁は、質朴なままに現わされました。窓は、その光と影によって形つくられます。窓の風景と人を結ぶ家は、この場所の在り様を示すのです。長い時間の流れの中で、新しい木造の骨組みが日常の暮らしに、なつかしくも遠い記憶として働きかけるのです。 島好常
住宅建築273号より
この記事へのコメントはありません。